「洗心」は武道鍛錬の一つの目的

誰にでも想定外の出来事に遭遇したり、思いもよらぬ経験をして意識が変わったことがあると思います。
私の場合は、暴漢に襲われ格闘の末に上段受けで相手を抑えこむことが出来た事により、上段受けに対する考え方が変わり、私にとって重要な技の一つとなったことです。
2003年5月、私はアメリカにある日本料理店で板前として寿司を握っていました。土曜日の夜だったので店は忙しく、カウンターやテーブル、座敷で美味しい寿司を待つ客人のため、私も張り切って包丁さばきを披露していました。かっぱ巻きの注文が入り、私が寿司バーから厨房に「キュウリを一本下さい。」とお願いするも返事がありません。普段なら元気良く「はい♪」と返事があるので不思議に思い、私は自分で厨房へキュウリを取りに向かいました。すると、忙しく働いているはずの皿洗い係や配膳係たちが黙って直立しているのです。私は「忙しいのに、皆んな何をしているんだよ?」と言って近づくと、屈強な体をした見知らぬ男が従業員の胸ぐらを掴んでいるのです。私は男に対し「何をしているんだ!?」と言うと男は「隣のバーで気持ち良く飲んでいたらオーナーが俺を追い出しやがった。あの野郎を刺してやりたいから、刺身ナイフを貸せ!」と言うのです。私は「なるほどね、はい、これ刺身ナイフ。」と貸す訳はなく、私は「何を言ってるんだ?貸せる訳ないだろ!」と言った直後、男は私に右フックを出して来ました。私が咄嗟に左手で捌くと、男は積まれていた湯呑みコップの棚に激突しました。私は心配になり男に近づいた瞬間、男は私の両足を掴み私を引き倒しました。仰向けの状態の私を目掛けて男は上から踏みつけてきました。私はすぐ起き上がりたかったのですが、厨房の床が油で滑り易くすぐには立ち上がれません。踏み続ける男が疲れた顔を見せたので、私が起き上がろうとした瞬間、男の肘打ちが私の首に振り落ちて来ました。一瞬、私は意識がなくなりかけたのですが、男の背中にある壁には中華包丁が並んでいたので、私は男に気づかせてはならないと踏ん張り、男の喉に左前腕を押し当て冷蔵庫と冷蔵庫の間にある隙間へ男を押し下がらせました。力が強い男は暴れ、左手で私の髪をむしり、右手で私の頭を叩き続けました。私は店のオーナーから「絶対にケンカするなよ、相手に怪我を負わすなよ。」と言われていたので、突きや蹴りは使わず左腕を男の喉に押し当て、上段受けの構えをし続けました。男が呼吸困難にならない程度に力を抑えたり入れたりを7分間続けていると、店のヘッドシェフが通報して呼んだ警官2人が入って来ました。私はこの警官たちがどんな逮捕術で男を制圧するのか期待しました。次の瞬間、大きな体の警官が小さなポケットから取り出した小さな催涙スプレーを男の目に噴射しました。7分以上私と格闘した男はあっけなく床に倒れ悶絶し始めました。それを見た瞬間、私は決意しました。「これを買って帰ろう…」と。
私が帰宅すると、ユニフォームは破れ、髪は乱れ、顔中擦り傷だらけの私を見た妻は言いました。「仕事だったんだよね?レストランにいたんだよね?え?今夜は格闘技の試合があったの?」
妻の冗談に私はウケませんでしたが、上段受けにより私は私自身を護ることが出来たことに大きな喜びを感じました。「空手道を続けていて良かった!」と叫びながらシャワーを浴びた日のことを鮮明に覚えています。

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