文武両道は鳥の両翼の如く不離不即

昨夜と今朝は生徒たちから嬉しい報告がありました。
昨夜は、高校入学試験の勉強に励むため2ヶ月間稽古を休んでいた中学生の生徒が志望校への入学試験合格の報告と共に道場へ戻って来ました。
今朝は10歳の女生徒が「私が将来になりたい職業は警察官です。そのために私は空手道の稽古をしています。」と後輩たちの前で彼女の想いを話してくれました。
夢と希望を抱く子供たちの未来が明るく輝くように、私も微力ながら携わって行きたいです。


和道流空手道・柔術拳法の流祖 初代宗家 大塚博紀 最高師範 著
空手道 第一巻 P7 ≪文武両道は不離不即》
平和招来という難事は到底武道精神のみのよくなすところではない。一体,真の平和というのはどうあるべきことだろうか。またどうすればこれを招来することができるだろうかとなると私など凡人の頭では皆目見当もつかない。政治,経済,科学,教育,宗教,倫理、哲学,芸術等あらゆる分野との連係がある。全ての分野の勝れた智識の総合力がこれを解決する以外に方法はないのではなかろうか。然し如何に勝れた解決策がよし立てられたとしても方策だけでは平和はこない。これを実行にうつして不可能に近い困難な平和を招来するには、その推進力となる強大な力が必要である。即ち決行力である。武道の精神とするところはこの平和推進の決行力である。正しきに向っては如何なる困難にもめげずこれを乗り越えて断行する実行力である。だが単なる断行力に走る時は危険に陥る恐れがある。勝れた智識のもとに高い理想と正しい自主性と合理性とをもって断行せねばならないことは皆然である。また勝れた智識は、高度の学間によってこれを求めなければならない。また文の力によって得た勝れた智識を十二分に活用せしむるものは、勝れた武道精神の力である。勝れた武道精神を正しくより効率的に発揮せしむるものは高度な文の力である。如何に勝れた文武の力でも一方に偏する時は思想を混乱せしめ秩序を接乱してその害はかり知れぬものがある。
文武両道は車の両輪、鳥の両翼の如く不離不即である。

強者が弱者を制圧するために用いるのではない

私は空手道の稽古を始めた日から「必ず組手をして稽古を終えなさい。」という師匠の教えを37年間守っています。
基本、形、基本組手、短刀取り、居取りの稽古で学んだことを自由組手で実践することで『大きな技と無駄な技』について考えたり気づくことが出来、習ったまま用いるのではなく応用する柔軟さの重要性を強く感じることが出来ます。
同時にもう一つ忘れてはならないことがあり、それは生徒が私に対して遠慮なく手加減せず打ち込んでも、私が生徒に怪我を負わせることは絶対にしないことです。
稽古を終えた後の生徒たちが汗だくでヘトヘトになっていても別れる時に「先生!汗が止まりません!だけど今から恋人とデートして来ます♪」なんて言われると人生を謳歌している生徒の幸せが私にも伝わって来ます。
和道流流祖・大塚博紀 初代宗家の著書『武の道』にお言葉がありました。
「世の中から争いをなくして平和を招来し人間の生活を幸福にするのが『武』の本義である」

非常事態は震災だけでない。女性が暴漢から身を守る護身術【其の四】

武道修行の過程に人間の弱みにつきまとって離れないのが”我慢、過信、貪慾、怒り、恐れ、危み、疑い、迷い、侮り、慢心”という『十悪』のいずれかであることを和道流流祖 大塚博紀 初代宗家 著の『空手道 第一巻』から学びました。
この十悪を排除して崇高な人格を磨きあげること、自分の力でその弱さを抑えていくことを神前で誓い拝礼し稽古に臨みます。

私の道場では、子供たちに先ず運動の楽しみを知ってもらい、身体を動かし汗を流して”気持ちを良くする”ことを大切にしています。

道場では、子供たちに’’運動’’の楽しみを知り気持ちを良くしてもらい、審査会や競技会、演武会等の本番に向け必要な技を修得するための’’練習’’を経て、「古を考える」という’’稽古’’を始めます。

Because there is an aim, the task becomes clear 目標があるから課題が明確になる。

1月28日(日)は和道流空手道連盟総本部道場にて月例稽古
2月4日(日)は和道流空手道連盟第41回全国指導者技術研修会・講習会 兼 第11回審判講習会
2月12日(祝・月)は和道流空手道連盟神奈川県連絡協議会主催の三代宗家 大塚博紀 最高師範による講習会
2月18日(日)は東京たまがわロータリークラブ主催の『KomaeチャンスⅡ』にて演武
目標があるから課題が明確になり、一回一回の稽古を大切にしています。

Life is not forever, but Budo’s skills and children’s possibilities are as infinite as the universe. 道場で生徒たちと過ごす時間には限りがあるけれど、子供たちの可能性は無限だと私は毎日感じています。

大会、講習会、演武、審査等、今年の大事な行事は全て終わり、多摩川や自宅での運動、そして道場で稽古する日が今年も残りわずかとなりました。
生徒たちと道場の中で過ごせる時間には限りがありますが、『武の道は宇宙の如く無限なりて、業の極意は無きものと知れ』の言葉を胸に秘め、「これで良い」と決して思わず、「まだ他にあるはすだ」という探究心を失わず、生徒たちの無限の可能性と私自身の能力を高めて行きたいと思います。